この英語の「ココロ」、分かりますか?

1.ことわざから

Beauty is in the eye of the beer holder.

Beauty is in the eye of the beholder. というのがもともとのことわざ。
「美とは見る人(beholder)の目の中にある」、つまり「何が美しいかはその人の主観による」というところから、「たで食う虫も好きずき」という意味です。
ここではbeholderをちょっと似た発音のbeer holderに入れ替えています。「ビールを飲んで酔えば、何でも美しく見えるようになる」ということなのでしょう。

2.賢者のことばをデフォルメ

Two wrongs don’t make a right, but three lefts do.

make a rightには「右に曲がる」「右に行く」という意味もあります。そこでthree lefts doは、「左に3回曲がれば行ける」ということ。
つまり右折ができない道路で3回左折を繰り返せば右に行くことができる、というおふざけです。

3.巷で目にする真の知恵

A balanced diet is a cookie in each hand.

「バランスの取れた食事とは、それぞれの手にクッキーを持つこと」
 両手にクッキーであれば、バランスが取れている。それ以上に「栄養」だなんて考えたこともない……。

4.ちょっとひねったスローガン

Give a man a fish and you feed him for a today; teach him to use the net and he won’t bother you for weeks.

もともとは、Give me a fish and I will eat today; teach me to fish and I will eat all my life. です。
「人に魚を与えれば、1日の糧となる。人に魚を捕ることを教えれば、一生食べていくことができる」という意味で、開発途上国などへの援助のしかたについて、比喩としてよく使われることがあります。
「施し物を与えるよりも、スキルを教えよ」ということです。よく知られたことばですが、その原典については諸説紛々です。中国やスペインの古いことわざとも言われているものの、本当のところはよくわかりません。
同じ概念をもっと簡単に表現したTrade, Not Aid というスローガンは、「国連貿易開発会議」(UNCTAD, United Nations Conference on Trade and Development)が使っていたものです。

さて、ここではそれをもじっています。意味は「人に魚を与えればそれを1日の糧とするだろうが、(魚を捕る網の使い方ではなく)インターネット(the net)の使い方を教えれば、(相手はそれに没頭してしまい)あなたはその人に何週間も煩わされることはない」ということ。

Give a man a fish and he will eat for a day. Teach him how to fish, and he will sit in a boat and drink beer all day.
「人に魚を与えれば1日の糧となる。魚釣りの方法を教えれば、その人はボートの中に座り、1日中ビールを飲んでいるだろう」というのは、ステレオタイプの釣り人のことを揶揄したものです。

5.ことば遊び

When everything’s coming your way, you’re in the wrong lane.

come someone’s way は口語で、「(事が)うまく運ぶ」「好都合に進展する」「順調にいく」という意味のイディオムです。
When everything’s coming your way なので、「すべてがあなたの思いどおりになっている時」と理解できます。
しかし、それに続くのは you’re in the wrong lane. (あなたは間違った車線にいる)。
ここで、前半は「すべてがあなたのほうに向かってくる時」「逆走している時」という意味だとわかる、というジョークです。
また、視点を変えれば、「すべてが順風満帆に思える時には、注意が必要」という警告のことばととることもできます。

6.ナンセンス、ハイセンス

There are two kinds of people who don’t say much: those who are quiet and those who talk a lot.

「あまり多くを語らない2種類の人間がいる。寡黙な人たちと、よくしゃべる人たちだ」
say は「話す」「語る」という意味の基本動詞ですが、特に「意味のあることを言う」「意見を述べる」といったニュアンスで使われることがあります。
そこで、「あまり say しない人は、静かにしているか、意味のないことをよくしゃべるかのどちらかだ」ということ。