10月号のオススメトピック3つ目は、「シネマレッスン 主人公が教えてくれること」より『ローマの休日』です。
こころをよむ「シネマレッスン 主人公が教えてくれること」では、映画評論家・青柳秀侑さんが主人公にスポットライトを当てて不朽の名作を解説していきます。
主人公の物語から私たちは何を学べるのでしょうか。今日は、第一回 愛の眼差し『ローマの休日』をお届けします。
第一回 愛の眼差し 『ローマの休日』
「二人は、どこで恋に落ちたのですか?」と『ローマの休日』を見た男子高校生に聞かれました。人が人を好きになる。出会い、寄り添い、話をし、いつくしみ合う。それまで見ず知らずだった者同士が、何かの拍子に心がときめき、離れられなくなる。恋に落ちると表現した先人たちの言葉の選び方に感心します。「恋」は、始まるものでもなく、開くものでもなく、湧くものでもなく、落ちるものなのですね。
ということで、人はどこで恋に落ちるのか? 『ローマの休日』を心に映しながら、恋について学んでいきましょう。
あらすじ
王女が最後に訪れたのは、イタリアのローマ。公務のストレスがたまり、夜更けに宿舎を抜け出してしまいます。偶然、街で彼女と出会った新聞記者は、王女とはわからず、一晩自分の部屋に泊めてやります。次の朝、新聞の記事に添えられた写真で当人だと気づいた記者は、スクープをものにしようと考えます。さり気なく一度は別れ、街なかで偶然を装って再会。彼女にローマの街を案内するのです。友人のカメラマンも加担して、特ダネ写真を撮影します。
その頃、宿舎の大使館では王女が失踪したといって大騒ぎです。本国から秘密警察を呼び、極秘に捜索を開始します。そんなこととは露知らぬ王女は、ローマでの休日を満喫します。けれど船上のダンスパーティーで秘密警察によって保護されそうになります。大乱闘から逃れ、川に飛び込む記者と王女。カメラマンの車で、ようやく記者の部屋に戻りました。お互いに惹かれているのは知りつつ、大使館まで王女を送り届ける新聞記者。車の中に沈黙が流れます。あふれる思いが浮かんでは言葉にならずに消えていきます。さて、恋に落ちた二人の運命は……。
大スターと新人女優
「日本人の好きな映画」ナンバーワンに長いあいだ輝き続けた『ローマの休日』。見どころは、何と言ってもオードリー・ヘプバーンの初々しく清楚な美しさでしょう。大きな黒い瞳に、くっきりした美しい眉。ベルギー生まれで、その後イギリスで女優として経験を積んできました。妖精のように華奢で、時折見せる物憂げな微笑み。そうかと思うと、堂々とした一面も見せます。そして小さな喜びにも反応するような無邪気さも兼ね備えているのです。まさに繊細でいながら凜とした「王女」を演じるために生まれてきたような女優です。
共演のグレゴリー・ペックは、誠実で正義感にあふれるキャラクターを演じることが多く、「アメリカの良心」と呼ばれる俳優でした。その彼がオードリーの素質に真っ先に気づきました。その魅力に心が震えたペックは、映画の冒頭でタイトルより先に出る主演の名前(クレジット)を、自分の名前だけでなく、オードリーの名も出すようにエージェントに言ったそうです。「あとになって恥はかきたくない」とペック。「初主演作だけど、きっと彼女はオスカー(アカデミー賞)を手にするよ」と太鼓判を押しました。
そしてオードリー・ヘプバーンはその予言どおり、見事にアカデミー賞の主演女優賞に選ばれたのです。
ここが気になるシーン
”王女”という身分から解放されたアンとスクープを狙う新聞記者のジョー。お互い本当の姿は明かさずに、たった一日のデートは進んでいきます。そんな二人の間には、膨らんでいく感情が。場面は、古城サンタンジェロ前の船上パーティーへ……。
一日中、一緒にいながらダンスの場面になって改めて手をつなぎ体を寄せると、お互いのぬくもりが愛おしい。全体の流れの中では、ほんの些細なシーンです。けれど、二人の踊る表情のアップに、何かに包まれている雰囲気があります。王女は顔を上げ「ハロー」。記者も「ハロー」と応えます。簡単な英語なので字幕も付かないシーンです。二人は、改めて短い挨拶を交わすのです。そして、いっそう寄り添いました。ジョーの眼差しは「君のことを見ているよ」と言っているように見えます。その雰囲気を楽しむように、王女はうっとりと新聞記者の肩に顔を近づけました。いかがでしょうか? ここで、二人は「恋に落ちた」と思うのです。オードリーを少し見下ろすグレゴリー・ペックの顔がとろけそうです。アンはジョーが頼りになる人だと感じたのでしょう。
いい雰囲気になったダンスパーティーですが、秘密警察も二人を監視し、途中で介入してきました。パーティーで派手に大乱闘が始まります。ジョーは秘密警察に殴られて川へ落ち、アンは続いて飛び込みます。物陰で川から上がって震えているアンを抱き、ジョーは思わずキスをします。アンもそれを受け入れます。
なんとかジョーの部屋に戻って、服を乾かす間にワインを一口。ジョーが「ままならないのが人生さ」とつぶやきます。強くもなく弱くもなく「本当に」とささやく物憂げなアン。どうにもならない現実が二人の間に横たわります……。ここでは、このくらいにしておきましょう。恋に落ちる。突然のように見えて、実はじわりじわりと進んでいくものなのかもしれません。相手の可愛らしい表情や無邪気な言動に目が離せないと気づいた時、その足元には、ぽっかりと恋の穴が開いているのでしょう。深さは落ちてみなければわかりませんが。
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「シネマレッスン 主人公が教えてくれること」では、『ローマの休日』のほかに『東京物語』、『スタンド・バイ・ミー』、『ジョーズ』、『オズの魔法使い』など28本もの世界の名作が取り上げられています。
登場人物に会いたくなったら、あらためて映画を見直してみるのもいいかもしれませんね。
映画から学べることはたくさんある