10月のおすすめ1つめは、「まいにちフランス語」から連載「ジャパリジェンヌ奮闘記 〜ある日本人が見たパリ、フランス〜」を紹介します。今回は編集部おすすめの7月号を全文公開!「Ça fait du bien」が聞こえてきそうな著者・猫沢エミさんと愛猫たちの和やかな暮らしを写真からお楽しみください。

ちいさなことに喜び哀しむ、愛すべき人たち (文・写真 猫沢エミ)

ピガ兄(右)とユピ坊(左)のしっぽ対談。

フランスに暮らしていると、「Ça fait du bien. – サ・フェ・デュ・ビヤン」というフレーズをよく聞く。“ こうすると気分がいい、気持ち良い” という意味なのだけど、これを使うタイミングは、日常のほんの些細な出来事があったときだ。たとえば、シャワー上がりに「あ〜さっぱりした!」もÇa fait du bien!だし、部屋の中にずっとこもっていて、外に出て新鮮な空気を吸った瞬間もÇa fait du bien. 自分が感じたときだけでなく、相手がきっとそうなんじゃないか? なんていうときも「気分いいだろ?」Ça fait du bien? とすかさず聞いてくる。たしかに日本人だって、湯上がりは「あ〜さっぱりした!」って言うし、そのあとに冷えたビールを飲めば「うまい〜」となるけれど、フランス人のÇa fait du bien. は、もっと“微に入り細に入り” なイメージがある。

ベランダでの夕涼みビヤー。

 語解を恐れずに言えば、日本人からしてみると「えっ? たったそんなちいさなことで?」という生活の些細な場面でも、このÇa fait du bien. が登場する。たとえば、たいしておいしくもないインスタントコーヒーをぬるい水道水で淹いれたものでも、それを飲む人が心からコーヒーを欲していれば、情感のこもったÇa fait du bien. が口から漏れる。そんな姿を見るたびに、フランス人はこのフレーズを使うことで、自分の喜びを確認したり、言葉にすることで増幅させたりしているんじゃないかと思うようになった。

時期が少し早かったのか、痩せっぽっちの秋刀魚。焼き魚のときは、ユピ坊がざわめく。

 かたや日本人だって、細やかな情感に対してとても鋭敏な民族だ。けれど近年、過度に物質が豊かで、なにもかもが便利すぎて五感を使わずとも過ごせてしまう。特に日本の都市部での生活は、このささやかな喜びを享受するセンサーが鈍りがちだと私は感じる。東京に比べれば、フランスの首都パリですら田舎だ。物流は負けないほどあっても、なんというか人の基本的なスピリットが、もう少しアナログ感覚を保っている。商業的な娯楽施設(カラオケ、ゲームセンター etc… )も基本ないし、人々の楽しみは映画館や美術館での芸術鑑賞。そしていちばんの楽しみは、純粋な散歩だったりする。ただ息をして五感を働かせて生きていることを、きちんと喜びとして感じているのは、断然フランス人のほうが上だと私は思うのだ。

ボッサが流れる猫楽園の午後。

 反対に、哀しみに対しても彼らは人間らしく愛らしい反応をする。パリで最初に借りたアパルトマンは、大家さん一家が同じ建物に住んでいたのだけど、ことあるごとに私の部屋のドアを叩いて、とても家族的な付き合いだった。ある日の夜、大家一家の奥さんフロランスが、ものすごく得意げな顔をして現れた。「どうしたの?」とたずねると、「ジャーン! 見て。この手袋すごいのよ」と、両手にミトンをはめて私の顔の前に突き出した。そして「摩訶不思議〜……ハイっ!」と言いながら、ミトンの先についているカヴァー状の部分を取り外して「こうすると、普通の手袋になるのです〜」と披露した。え……それがどうした?「 ……えーっと、こういう手袋、日本にはもうだいぶ前からあるよ」。まともに答えてしまった次の瞬間、私は心のなかで“しまった!” とつぶやいたが、時すでに遅し。フロランスの顔はみるみるうちに曇ってしまい、「そうなんだ」と、がっくりと肩を落とし、踵を返して帰ってしまった。その姿が、あまりにも漫画みたいだったから、ごめんね〜と心で謝りつつも、思わず腹を抱えて笑ってしまった。それからというもの、フランス人がなにかを自慢げに披露するときは、たとえそれがさほど珍しいものでなくとも、私はちょっと大げさに喜んであげるようになった。馬鹿にしているのではなく、彼らのとても純粋で、ややもするとちょっと子どもっぽいまでの喜びと哀しみの感情表現を、私がこよなく愛したから。そう、彼らはとてもかわいい人たちなのだ。

プルーンの手づくり素タルトとオレンジの花の香りつき紅茶。

猫沢 エミ(ねこざわ・えみ) 
instagram: @necozawaemi
ミュージシャン、文筆家、フランス映画を中心とした解説者。2002年渡仏。2007年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー《Bonzour Japon 》の編集長を務める。超実践型フランス語教室「にゃんフラ」主宰。著書に『フランスの更紗手帖』、料理エッセイ『ねこしき』ほか多数。9月24日に最新刊『猫と生きる。』が発売。

連載の挿絵は猫沢さん直筆。パリへ一緒に渡った愛猫ピキが登場しています。

多言語テキスト10月号発売中!「旅するためのゴガク」は新シリーズがスタート。

「まいにちフランス語」は10月号から応用編が新作が始まります。オペラ台本の朗読を味わいながら、聞き取る力・読み書きする力を養いましょう。猫沢さんの連載「ジャパリジェンヌ奮闘記」は、すてきなムッシュからの”ナンパされ談”です。

「まいにちフランス語」10月号

そして「旅するためのゴガク」は新シリーズがスタート!鎮西寿々歌さん、伊原六花さん、渡辺早織さん、千葉一磨さんとともに学んでいきます。豊富な現地映像で学びのモチベーションを高まること間違いなしです。

「旅するためのゴガク」10月号

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