2013年10月29日、東京神田神保町の書泉グランデにて、NHK出版新書『実践!田舎力』刊行記念のトークイベントを行いました。出演は著者の金丸弘美さんと、旅行ガイド『地球の歩き方』でおなじみのダイヤモンド・ビッグ社代表取締役の藤岡比左志さん。

大型ホテルが立ち並ぶ観光地が苦戦するなか、山奥の農村や離島の漁村、古い町並みの残る城下町など、「もともとそこにあったもの」を大切にしている田舎には多くの人が訪れ、活況を呈しています。そこには、地元の人も気づいていないニッポンの宝が埋まっているとお二人。地域活性化とインバウンド戦略成功の秘訣を旅の達人が縦横に語り、フロアは共感と驚きと笑いに沸きました。そのもようを、スピーカーの金丸さんご自身がまとめてくださったのでご紹介します。

こんにちは。食環境ジャーナリスト、地域活性化アドバイザーの金丸弘美です。先日のトークショーでダイヤモンド・ビッグ社代表取締役・藤岡比左志さんにうかがったお話は、示唆に富むもので目からうろこでした。
以下にポイントをご紹介します。

『地球の歩き方』の出版社が出す「日本の歩き方」マガジン

日本が人口減になるなかで、外国人観光客の誘致は、観光関連業界では最もホットな関心事です。ダイヤモンド・ビック社では、『地球の歩き方』の逆バージョンとして、主にアジア圏からの旅行者をターゲットに、2006年から日本観光情報フリーマガジン「good luck trip」シリーズを刊行しています。

 同ガイドは県や市との連携で作成し、現地の旅行会社で約4割、国内で残り6割が配布されています。旅行者からは出発前に旅先の情報を入手することで、効率的に日本のおすすめポイントを回れるということで、たいへん好評だそうです。


「good luck trip」東京版の表紙。
英語、中国語、韓国語の3言語表記でアジア観光客に広く対応できる。

藤岡さんによれば、同社が手がけるガイドの特長は、『地球の歩き方』長年のノウハウと広汎なネットワークを活用して、旅行者の視点で、旅する人がほしいものをリサーチした上で案内できること。

海外から訪れる観光人口は、日本はまだまだ下位です。もっと増やせるはずと、アジア圏にターゲットをしぼった観光誘致を手掛けているそうです。
以下は日本政府観光局の統計から。

  • 日本政府観光局の統計をみると、世界旅行市場の2011年~2020年成長率は4-5%を見込まれている。アジア市場の成長により2020年予測では、世界需要の4分の1を占めるという。
  • ところが、そのなかで、日本の占める「国際観光収入ランキング(2011年)」では日本は世界28位となっている。
  • トップ10は、米国(U.S.A.)、スペイン、フランス、中国、イタリア、ドイツ、英国、豪州、香港、タイ。
  • 海外から日本への観光客のトップは韓国。そのあと中国、台湾、米国、香港、豪州、タイ、英国、シンガポール、カナダ、フランスと続く。
  • 人気があるのは、1位:日本食、2位:温泉、3位:ショッピング。
  • 日本食は3年連続の1位、2006年は19.4%に過ぎなかったが2011年では53.3%まで増えている。
  • 日本食は中国と欧米で1位、韓国で2位。
  • 欧米では自然と文化体験が人気が高く、ショッピングは中国人に人気。温泉も全体的に人気。

 アジア人観光客も団体客は激減、個人客が59・8%、団体客は40・2%になっています。中国は団体客が今でも多いが、ほかは個人客が増加。ヨーロッパからは圧倒的に個人客が多くなっています。

意外な人気スポット

藤岡さんによれば、日本では、もう珍しくなくなっているものがアジア人に注目されているそうです。

  • お花畑・花壇 日本のような、きれいに整備された花の公園はアジア圏では珍しい
  • 果樹園での果物狩り 生で美味しく食べられるのは珍しい
  • 工場見学 お菓子の工場も珍しく喜ばれる
  • おみやげにスイーツ、薬が人気。日本は質が高いから
  • 北海道の雪、広々とした田んぼと山も珍しい
  • タイの人は奈良のお寺は素晴らしいと映るが、ベトナムの人には奈良は不人気(キリスト教の人が多いことから)。
  • アジア人も団体客から個人客へ中心が移動。個人の比率は75%になっている

などなど、知らないことばかり。

藤岡さんは、「田舎で見過ごしているものが観光資源になる」とおっしゃっていました。これは、私も従来から言い続けていたことです。

たとえば長野県飯田市では、山間地の農村に多数の修学旅行を誘致しています。そうした実践モデルをお手本に、長崎県松浦市の漁村では、漁の体験や浜料理教室など多数のメニューで高校生を受け入れています。前作の『田舎力――ヒト・夢・カネが集まる5つの法則』でも、長崎県五島列島北部の小値賀島のアイランドツーリズムを紹介しましたが、これなどは海外の学生に大好評です。ふつうの民家に泊まり、ホストファミリーと一緒に夕飯の準備をしたり、お寺にお参りしたり、浴衣を着て島をそぞろ歩くだけ。特別なイベントは何もなく、ただただ、もとからある普通の島の暮らしを体験するだけです。なのに人口3000人の島にその倍以上の旅行客が訪れているのです。

長崎県松浦市の漁村体験は修学旅行先として人気。
体験メニューはなんと80以上にのぼるという。

旅の基本は「歩くこと」

藤岡さんは、田舎のよさを楽しんでもらうには、条件があると言います。

「田舎のよさを知ってもらうには、車ではなく、ゆったりと歩いて楽しめることが必要です。大量に人を入れる宴会型の観光ホテルや旅館は不人気。部屋が狭いのも不人気。旅館も宿も食事を出さずに、地域にある、さまざまな食事を楽しんでもらう、食と宿泊の分離型(B&B:ベッド・アンド・ブレックファスト。 ヨーロッパでは一般的)が望ましい。そうすれば、町歩きの時間が増えて町全体にお金が落ちる」。

これも、まったく同感です。日本人でも、旅の目的は団体から個人へ、物見遊山型から体験型へとシフトしています。

また、藤岡さんは、日本では夜、女性や子ども連れでも安心して町歩きを楽しめるイベント、市場、屋台、レストランなどが少ない。田舎ほどないと指摘しています。田舎でも、質の高い農家の宿泊や手作りの料理は人気なのですから、多様な食、体験を町ぐるみで用意し、楽しんでもらうように工夫するといいですね。

「プロダクト・アウト」から「マーケット・イン」への意識転換を

藤岡さんの話をまとめると、田舎に外国人観光客を誘致するのに必要なことは、(1)日本ならではの景観、(2)町歩き、(3)地域のいい食、(4)夜の遊び、(5)ゆっくり休める宿などといえます。

 田舎を総合マネジメントし、全体で楽しめる工夫をすることが何より肝要です。そのためには人材を育成しなくてはなりません。若い人、よそを知っているという視点と、アジア圏の人たちの視点を取り入れたマーケティングは必須です。同時に、運営のノウハウを蓄積し、継承していく人材を育てていくべきです。

 輸出大国だったかつてのやり方のまま、「日本のものは素晴らしいので、わが国でできたものを買ってください」という発想ではなく、相手のニーズをつかみ、それに沿っておもてなしのリソースを整備し、発信していく戦略が必要になったとつくづく感じました

 いずれにしろ、団体で名所旧跡を見て、買い物をして、夜はホテルで宴会というスタイルの、かつての日本型団体旅行は国内でもアジア圏でも人気がありません。美しい田舎の景観や、地域の食、農家での宿泊など、これまでの地域資源をもう一度掘り起こし、日本型の観光型の概念を大きく変えること。ということが、今後ますます必要になってくるでしょう。

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【かなまる・ひろみ:写真左】1952年佐賀県唐津市生まれ。食環境ジャーナリスト、地域活性化アドバイザー。日本ペンクラブ会員。「食と環境からの地域再生」をテーマに、全国47都道府県、1000以上の地域を取材。総務省、農水省、内閣府など国の支援事業ほか、各自治体から直接招聘され、六次産業化や地域活性化事業のアドバイザーとして活躍中。明治大学農学部兼任講師、フェリス女子学院大学国際交流学科非常勤講師。著書に『田舎力――ヒト・夢・カネが集まる5つの法則』(NHK出版生活人新書)、『幸福な田舎のつくりかた』(学芸出版)など多数。
■ホームページ:金丸弘美のスローライフはこちら

【ふじおか・ひさし:写真右】1957年東京都生まれ。立教大学卒業後、ダイヤモンド社入社。雑誌編集、書籍編集、ベンチャー企業家を組織したダイヤモンド経営者倶楽部などを担当する。マネー誌「ダイヤモンド・ザイ」の創刊編集長、金融情報局長、経営企画本部長などを経て、2008年より個人海外旅行ガイドブックシリーズ「地球の歩き方」発行元のダイヤモンド・ビッグ社代表取締役社長に就任。日本ペンクラブ会員。同社は長年の海外個人旅行編集のノウハウとネットワークを生かし、外国人観光客向けの日本観光情報フリーマガジン「good luck trip」シリーズを刊行、好評を博している。